鳥居強右衛門 日本マラソンの創始者として有名

伝令として救援要請のタメニー、長篠から岡崎まで走った男。

昨夜は、昔の大河ドラマ「緒形拳の太閤記」以来の鳥居強右衛門の登場でした。
太閤記では伝令の任を果たしたのだから岡崎にとどまれと言われても、援軍の知らせを長篠籠城の仲間に知らせたいと志願して長篠に向かってまた走った。
ところが武田軍に捕らわれた。鳥居強右衛門は十字架につるされ「援軍は来ないから開城すべし」と城に向かって叫ぶように強いられた。

鳥居強右衛門は殺されることが分かっていても
「まもなく援軍が来るから徹底抗戦をやるべし」
と叫んだ。そのせつな鳥居強右衛門は槍で突かれて死ぬのであった。

鳥居強右衛門の磔のシーンは鮮明に覚えています。
昨夜の「どうする家康」では、一度は武田方に銭を貰って寝返り、仲間を裏切るのですが、最後に長篠城に向かって援軍が来るから頑張れと言ってしまう。それで磔の刑に処せられた。

鳥居強右衛門が貰った銭(袋に入った小粒の金塊)を拾い集めるシーンはユダが銭の為にキリストを裏切ったシーンを彷彿とさせました。

●蛇足ながら、長篠の戦いの他にも
 関ケ原の戦いの時にも鳥居姓の者が登場しています

徳川家康が会津攻めに出かけた隙を狙って石田三成が挙兵。
徳川方の伏見城をまず攻め落とします。
伏見城を預かっていたのが鳥居元忠という武将でした。
鳥居強右衛門と血縁があったのかもしれない。

4万もの軍勢の西軍と戦っても勝ち目はなかったのですが鳥居元忠は時間稼ぎのために、降伏勧告を拒否して徹底抗戦し戦死しています。
鳥居家は忠義を称賛されて幕末の明治維新まで続いたそうです。

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