秀吉は織田信長にヨイショして生きることに疲れ果てていた。
織田家の家臣はつぎつぎ粛清されていた。
いずれ自分の番が来ると思うと夜も寝付けないのだ。
織田信長はエキセントリックな性格で自分以外は皆敵と思っていた。
古来、王権が確立した暁には、手柄のあった武将は皆殺しになる。
王というものは、配下の武将がヒーローになり大衆から愛されることを好まない。
秀吉は農民上がりの武将で大衆から支持されていた。
信長の次の粛清の標的は秀吉だった。
「サル、お前が毛利攻めの総大将になれ」
「上様、殿のお言葉、サルめはうれしゅうございますが、柴田様、明智様こそ適任かと・・・」
「サル、遠慮するな、お前が総大将で毛利を滅ぼしてこい」
毛利といえば、源氏の流れを汲む名家。
中国地方を拠点に隆盛を誇り、先の将軍足利義輝、一向宗石山本願寺とも密接な関係だ。
秀吉が毛利を攻めあぐめば、即刻怠慢ととがめられ、首が飛ぶ。
「参ったな、殿は俺を殺す気だ」
秀吉は、一計を案じて、長浜城から密かに琵琶湖を舟で渡り坂本城を訪問する。
「明智殿、折り入ってお話があるのじゃが」
「なにようかな」
「上様、このごろ、ご乱心の模様。自らを神と呼ぶに至っては日本国の危機。
国家万民のために明智殿、天下を治めていただけないものか」
「なにをおっしゃる!筑前殿。手前は流浪の身を上様に拾われ、
こうして江州坂本の城主にまで取り立てられておる。
毛利家滅亡の折には、山陰の富国である出雲、石見二国を賜る約束じゃ。
安土の上様あっての光秀ぞ。筑前殿、おぬし血迷うたか!」
ここで秀吉は、耳打ちをする。
「わしが、毛利攻めの総大将にさせられるのも、いずれわしを亡き者とせんがための
上様の策略。この秀吉が滅びし後は、次は明智殿が狙われまするぞ。
わしは、上様に援軍を求め、京都におびき出します。そのとき明智殿は
手薄な警護のスキを狙い上様の首をはねてくだされ。
秀吉は即刻、中国から大返しして、明智殿をお守り申す。山崎にてお待ち召され!」
明智光秀は天下逸品の秀吉の口説きに聞き入っていた。
「されど、この光秀に天下を治める器量ありや」
「明智家は名門源氏土岐氏の流れでござる
血筋には諸侯も民草も弱いもの。源平交代は大和のならい。
平家の織田家のあとは土岐源氏の明智殿の世の中でござる。
明智殿は朝廷の覚えもめでたく、おって征夷大将軍のご沙汰もございましょう」
土岐は今!光秀は血がたぎりはじめた。思えば、信長には諸侯の面前で
けられ、なぐられ、それも恩ある上様なればと耐えに耐えてきた。
「羽柴筑前殿、おぬしこそ天下人になるお人なのではないのか?
不肖光秀を本当に支えてくださるのか?」
秀吉はニッコリ笑って答えた。
「明智殿、サルは尾張中村の水呑み百姓のせがれぞ。
天下を取れるような生まれではないわ!わっははははは」
そして明智光秀は本能寺にて信長の首を刎ねた。
秀吉は光秀の謀反を前もって知っていたので、北陸で戦っていた柴田勝家に先んじて
大軍を擁し畿内へ神業のような速さで取って返した。
明智光秀は山崎で秀吉が駆けつけて来るのを武装もせずに待っていた。
山崎の山の中腹に神社がある。
境内には勝いくさの祝いに駆けつけるであろう秀吉のために宴席がしつらえてあった。
「殿、羽柴筑前殿が・・・・」
参謀の明智光春が血相を変えて駆け込んできた。
「我が明智の陣に向かって攻めて参ります!!」
このとき、明智光秀は悟った。
サルめ、おぬしはやはり天下を取る男じゃった。俺の見立てに狂いはなかった・・・
「是非もない。名門美濃土岐源氏のいくさぶり、尾張中村の百姓のこせがれに見せてやろうぞ」
完
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