株の世界でも儲からない時期と儲かる時期がある。
待てば海路の日和あり。きっといつか、あなたにも幸せが訪れる。
だからこそ!モテないからと言ってストーカー女殺しをやってはいけないし株で儲からないからと言って、やけくそになり、無配ボロ糞株博打に走ってオケラの極貧階級に落ちぶれてはいけない。
自分の過去を振り返れば、中学校のときは全然モテなかった。
田舎の中学校では田舎者の中で成績が1位とか2位を争っていたので女子生徒から距離を置かれたのかもしれない。
中学校で成績が良かったから進学担当の先生に普通高校に行けと言われ、普通高校の進学クラスの最高峰のクラスに入った。
そこでは各地の田舎中学のNO1が集まっており、僕は優秀な彼等に歯が立たなかった。クラスの最底辺を這うような成績だった。
そういう底辺の男には女生徒がやはり距離を置く。それで高校時代もモテなかった。
大学時代は銭がないから国立の二期校に行った。
大学時代からモテ期になった。なぜか大学では女子学生にモテた。
日替わりで違う女子学生と喫茶店や公園でおしゃべりをしていた。
最初は大学の寮で生活をしていたが、共産党の下部組織民主青年同盟の皆様が仕切っている寮だった。夜になると民青に勧誘されることもあり一年で寮を出ることにした。
東京に憧れていたので東京千代田線根津駅の近くの民家に間借りして住んだ。
間借りの学生は3人いた。一人は東大生、もう一人は早稲田大学生だった。
その民家には高校生のお嬢さんがおられた。そのお嬢さんは高校で宿題が出ると「教えてください」と言って僕の部屋にやって来たわな。
東大生や早稲田の学生の方が頭が良いのに、なぜか僕の所に来ていた。
モテ期になるとそういうことが起きるのでありんす。
社会に出て証券マンとなってからも、職場には女性が多くてそれなりにモテました。月掛け貯蓄集金係りのおばさんたち(と言っても30歳代~40歳代)の定例慰労会には僕だけが呼ばれて、ホスト役でおばさんたちに酒を注いでいました。
東京の大井に住んでいる独身女性社員に家に呼ばれて両親を紹介されたこともありんす。婿に来てくれと言われました。
若い女性社員の皆様は東京都南部と川崎、横浜の人たちでした。
彼女らを連れて飲み歩いたりしていました。皆が嫌がることなく喜んでついて来ましたよ。モテ期とは、そういうものですたい!
令和の今は、僕も後期高齢者が目前となり、女っ気は1000%皆無です。
また中学生時代、高校時代の自分に、お里帰りした次第です。

コメント