草笛さん物語 テニアン島訪問記 第14章(最終章) 最後に島の最南端の崖に案内してもらった。1944年(昭和19年)7月24日、アメリカ軍は島の北部に上陸し、日本軍を南部に追い詰めていった。日本軍は陸海軍8千名で島を守っていたが、攻撃側の米軍は5万4千人の大軍で攻めてきた。たった10日間の戦... 2025.12.19 草笛さん物語草笛御大 本棚
草笛さん物語 テニアン島訪問記 第13章 鈴木さんは車の運転をしながら、いろいろ話しかけてきた。日本人と話す機会が少ないからだろう。「草笛さんはどんな仕事をなさっているんですか?」「若い頃は東京でサラリーマンをやっていたのですが、島根県の田舎に帰って小売店のオヤジをやっていました。... 2025.12.18 草笛さん物語草笛御大 本棚
草笛さん物語 テニアン島訪問記 第12章 演習に使われている第2滑走路を急いで抜け出し、そのまま飛行場の敷地外の一般道に出たら、軍用ジープの姿が見えなくなった。次に行った場所が島の北西部の米軍上陸地点の浜辺だった。浜辺に沿って日本軍のトーチカがあった。コンクリートの芯の鉄材としてサ... 2025.12.17 草笛さん物語草笛御大 本棚
草笛さん物語 テニアン島訪問記 第11章 第3滑走路と第4滑走路はまったく使われていなくて、草むらに覆われていた。いざ戦争となれば、また使うこともあろうかと、そのまま壊さずに放置しているのだろう。草むした2600メートルの巨大滑走路2本。もったいないなあ~~と思った。第2滑走路には... 2025.12.16 草笛さん物語草笛御大 本棚
草笛さん物語 テニアン島訪問記 第10章 一番北に位置する第1滑走路は日本海軍航空隊飛行場のあった場所に作られている。敷地内に第一航空艦隊司令部の二階建ての建物が残っていた。猛烈な爆撃を受けたため壁や天井の所どころに大穴が開いていたが、それでも厚いコンクリート壁で頑丈に作られている... 2025.12.15 草笛さん物語草笛御大 本棚
草笛さん物語 テニアン島訪問記 第9章 テニアン島北端のB29用飛行場の滑走路は長さ2600メートルもあって、東西に走っている。2600メートルの滑走路は戦前の空港にしてはずいぶん巨大な滑走路である。山陰最大の乗客数を誇る我が出雲空港の滑走路はテニアン島に遅れること22年、196... 2025.12.14 草笛さん物語草笛御大 本棚
草笛さん物語 テニアン島訪問記 第8章 島の北東の海岸に間欠泉のように潮が吹く場所があった。一般の観光コースの目玉の一つなのだろう。鈴木さんは戦跡でもないのに間欠泉を見せたがった。まあ株と間欠泉には因果関係があるからいいかと思った。株の世界でも時折、間欠泉みたいに吹き上がるボロ博... 2025.12.13 草笛さん物語草笛御大 本棚
草笛さん物語 テニアン島訪問記 第7章 ともかく、鈴木氏の運転でテニアン島縦断の戦跡巡りをすることになった。南北20キロ、東西5キロ程度の島は一面が雑木林(ジャングル)になっていて、道路の両側の風景は単調だった。北に向かい、まず日本軍の弾薬や物資を保管していた大きな倉庫に案内して... 2025.12.12 草笛さん物語草笛御大 本棚
草笛さん物語 テニアン島訪問記 第6章 鈴木さんは愛煙家だった。空港の玄関口には灰皿があり両側に2つづつプラスチックの椅子があった。鈴木さんは煙草に火をつけて一服してから、おもむろに切り出した。「この島は中国人観光客が多いです。テニアン島に来る観光客の7割が中国人、2割が韓国人、... 2025.12.11 草笛さん物語草笛御大 本棚
草笛さん物語 テニアン島訪問記 第5章 テニアン島は日本領時代は島全体が開墾され畑になって沢山の村があった。日本人が1万5千人も住んでいて村々には神社が作られ、サトウキビ運搬用に鉄道網が島中に張り巡らされていた。南洋のミニ日本がテニアン島に形成されていた。アメリカは戦争後に生き残... 2025.12.10 草笛さん物語草笛御大 本棚