テニアン島訪問記 第12章

演習に使われている第2滑走路を急いで抜け出し、そのまま飛行場の敷地外の一般道に出たら、軍用ジープの姿が見えなくなった。

次に行った場所が島の北西部の米軍上陸地点の浜辺だった。
浜辺に沿って日本軍のトーチカがあった。
コンクリートの芯の鉄材としてサトウキビ用鉄道の線路のレールを撤去して使っていた。物資がなかった日本軍らしい。

水際作戦で米軍を撃退するつもりだったのだろうがそのトーチカは事前にアメリカ海軍の戦艦の艦砲射撃を食らって、銃眼部分に大穴が開いていた。
中にいた日本の兵隊さんたちは全員即死だったろう。米軍相手に水際で撃退など無理な話だ。

源平合戦の頃や関ヶ原合戦に頃とは兵器の質が違うのだ。
水際撃退作戦そして、日の丸の旗を手に日本刀、銃刀を掲げて全員で万歳突撃・・・・・
サイパン島、テニアン島でやっていた日本軍の戦術は時代錯誤的で哀れだ。
精神論で戦わされた大日本帝國陸軍の兵隊さんや義勇兵は哀れだ。合掌礼拝。

浜辺から少し内陸に入ったところの草むらに米軍の水陸両用の上陸用戦車が赤さびて残っていた。
その巨大さにビックリした。操縦の乗員6名とは別に内部に10数人の兵隊を運搬できる容量があった。
サイパン島で日本軍の95式戦車と97式戦車が野ざらしで放置されていたが、日本軍の戦車はおもちゃの戦車みたいに小さくて可愛らしかった。

95式戦車の長さは4・3メートルであり、乗用車トヨタクラウンの4・8メートルより小さいのだ。
鉄板も10ミリ前後と薄くて、米軍の20ミリ機関砲(重機関銃)で撃たれると弾丸が貫通した。
95式戦車の鉄板に蜂の巣のように銃弾の穴が開いていた。哀れで惨めな姿の戦車だった。
3人の乗員は戦車の中で鉄板を貫通してくる弾丸に当たって即死したに違いない。

米軍の水陸両用戦車は日本軍の戦車に比べ、長さも幅も2倍はあるように見えた。
つまり4倍の大きさだ。鉄板も38ミリと厚い。
米軍戦車の鉄板に銃弾の穴など開いていなかった。38ミリの鉄板は日本兵の銃器の弾丸を跳ね返す。
草むらに放置されていた上陸用戦車はキャタピラ部分を日本兵の肉弾攻撃でやられて頓挫したのだろう。

こんな巨大な鉄の塊の米軍戦車多数が浜に押し寄せてくる光景を見て、三八式の銃を持った日本の兵隊さんはたまげたことだろう。兵器の質量があまりにもかけ離れている。勝てる戦争ではなかったと思い知らされる。

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