テニアン島訪問記 第9章

テニアン島北端のB29用飛行場の滑走路は長さ2600メートルもあって、東西に走っている。
2600メートルの滑走路は戦前の空港にしてはずいぶん巨大な滑走路である。

山陰最大の乗客数を誇る我が出雲空港の滑走路はテニアン島に遅れること22年、1966年に滑走路1200メートルでYS11旅客機用に、僕の町に造成された。
B29用の飛行場の滑走路は出雲空港の滑走路の2倍以上の長さだ。
(出雲空港は2度の延長工事で今は2000メートルになっている)

しかも一定の間隔を置いて、なんと2600メートル滑走路が4本、東西に平行して作られている。
南北の連絡道路で4本の滑走路はつながっていて、正確に縦横が桝目になっている。
セスナ機で空から見たとき、まるで緑の大地に描かれた巨大な将棋盤のようだった。

ペルー旅行のとき、セスナ機から見たナスカの地上絵を思い出した。ナスカ以上だった。
日本全土焼き払いのために造成されたB29爆撃機飛行場の壮大さを見れば誰もが絶句するだろう。

ほんとうにすごいアメリカの土木技術能力、土木機械能力だ。
戦争中に短期間でこんな巨大な飛行場を作ってしまうなんて・・・
とんでもない技術先進国と、当時の日本は戦争を始めたものだわな。

2600メートルの滑走路4本はそのまま現存していて北側から順番に滑走路に第1から第4の番号を付けている。

全部使う必要性がないので第2滑走路だけを演習のとき軍用機の発着に使っている。
飛行場の広大な敷地は海兵隊が演習のとき使っているそうだ。
飛行場の周囲には民家も町もなく、無人の緑の大地だ。

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