テニアン島は日本領時代は島全体が開墾され畑になって沢山の村があった。
日本人が1万5千人も住んでいて村々には神社が作られ、サトウキビ運搬用に鉄道網が島中に張り巡らされていた。
南洋のミニ日本がテニアン島に形成されていた。
アメリカは戦争後に生き残っていた日本人住民を全員、日本に強制的に送り返した。
日本人が苦労して開墾した畑をすべて、もとのジャングルに戻してしまった。
今では島の人口は2500人に減り、鉄道もなく、バスもなく、タクシーもなく、これと言った栄えた町もない寂れた島になっている。
現在はテニアン島に住んでいる日本人は7人だ。7人のサムライだ。
空港で途方に暮れている僕に、カウンターにいた別の白人女性が「スズキという日本人を知っているから電話してあげるわ」と助け舟を出してくれた。
僕はアイアム、ジャパニーズとは言っていないのに不思議だったわな。
親切な白人女性は携帯電話がつながったことを確認したうえで僕に手渡してくれた。ツイている。
「鈴木さんですか?草笛と申します。テニアンの空港に居るんですが、交通手段がなくて困っているんです」
「今日はあいにく中国人観光団案内の仕事が入っているんです」
「そこをなんとか助けてくださいよ」
「ともかく、仕事で朝9時に空港に行きますので、空港でお会いしましょう」
しばらく待つと鈴木氏がトヨタの普通車に乗って現れた。
鈴木氏の歳は56歳。日本の東京でサラリーマンをやっていたのだがテニアンにあった中国資本経営のカジノ付きホテルに管理職としてスカウトされ、一念発起して島に来た。このとき妻とは別れたという。
ところがサイパン島でもカジノが解禁になり、テニアン島のカジノホテルが閉鎖されて失職。
50歳代になって、今更、日本に返ってハローワークで仕事を探すよりいっそ、テニアンに残ってなんとか生きて行こうと決心したそうだ。
そして中国人スタッフと共にテニアン島観光のガイドをやっていた。

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