UFO物語

高校生の時、日本海の浜辺でUFOを見た。クラスメート数人と泊まりがけで海水浴に行き夜に浜に出て星を見ながら語り合っていたら、ひときわ大きく光っていた星が動き出したのだ。輪を描くように千鳥足の酔っ払いのように夜空を動き回っていた。友人と一緒に見たから目の錯覚ではない。のちにUFOの本を読んだら、山陰の海岸はUFOのメッカだと書いてあった。
やっぱりそうだったのかと思った。
それから、僕はいつも夜空を見るときはUFOを探すようになった。ところがUFOというのは見ようと思って見られるものではない。人工衛星が飛んでいるのも見たし流星群が夜空に無数に飛び交うのも見た。しかしあれから30年余り経つがUFOにだけは巡り会えなかった。もうUFOなんて二度と見られないと諦めていた。一生の間にUFOを見る事無く死んでいく人も多いのだから、一度と言えどUFOを見られたことに満足しなくては、といつしか思うようになっていた。

昨夜、疲れを落とそうと、夜の8時頃に町の外郭団体が運営する宿泊施設の露天風呂へ行った。風呂だけだと400円で入れる。受付は夜8時までなので、ぎりぎりに行くと客はみな帰ってしまっているからもう露天風呂は貸切状態だ。
温泉にはいつもじっくり一時間以上、浸かって無心のひとときを過ごす。
人はたった400円でこんなにも幸せになれるものなのか?何をあくせく思い煩いながら生きているのか?露天風呂の温泉に浸かって、あお向けに夜空を見ていると、すべての迷い、悩みが氷解していく。自然の恵みの有り難さに比べれは、人間の世界のことは些細なことなのだ。

昨夜は露天風呂にもう一人客がいた。露天風呂ではべらべらしゃべらないのがルールだ。
静かに温泉を愉しむのである。その客は離れた場所で下を向いて温泉に浸かっていた。
僕は岩に頭を乗せて上を向いて温泉に浸かっていた。坂本九の歌ではないが上を向いて星空を見上げていたのだった。風呂に入っている時でも僕は上向きを心掛けている…

田舎の星空は気持ちが悪いほど星が輝いている。都会と田舎の違いは夜空の星の数の違いといっても過言ではないだろう。昨夜も星が綺麗だった。垢抜けないが、思わず千昌夫の星影のワルツを僕はくちずさんでしまった。♪さよならなんて~どうしても~言えないだろうな 泣くだろな~ 別れに星影のワルツをうたおう~ 遠くで祈ろう幸せを~遠くで祈ろう幸せを~~今夜は星が 降るようだ~♪

その時、歌に合わせるように星が動きだした。キラリと光る星だった。夜空を左から右へと動き出した。飛行機の夜間飛行かなと思った。実際、夜空を飛ぶ飛行機をUFOと間違える人が多い。UFOを見たという人にどういうUFOだったの?と聞くと、チカチカと光を放ちながら飛んでいたという。飛行場の傍に住んでいる人は知っているが飛行機は胴体の下に点滅灯をつけている。飛行機を夜見る機会のない人は、UFOが光を点滅させていると思うものなのだ。本当のUFOは白い光の玉でチカチカせず静かにスーと動く。                    

UFOだ!!僕は小声で歌っていた星影のワルツの歌を中断して息を飲み込んだ。そしてたまたま一緒に露天風呂に入っていた客に声をかけようと体を起こした。その客は僕から離れたところに相変わらず下を向いて眠るが如く湯に浸かっていた。
見ず知らずの人に素っ裸で近づいて「UFOです、UFOが飛んでます」と揺り起こすのも気が引けた。
高校生くらいならサマになるが、いい年をしたオヤジがやるべきことではない…
それにもし飛行機だったら、僕はいい笑い者になる。光る星は5分間くらい右に飛んでぱっと消えた。飛行機でないことがはっきりした。UFOだ。UFOだったのだ。また下向きで眠る温泉客に話したくてたまらなくなった。その客は相変わらず目を閉じて温泉に浸かっていた。「UFOがさっき、飛んでいてぱっと消えました」と話しかければきっと僕のことを狂人と思うだろうなと話しかけたい気持ちをぐっと押さえた。

話したい、話せない。消えたUFOがもう一度現れるのじゃないかとずっと夜空を見上げていたが、もうUFOは現れなかった。例の温泉客はまんじりともせず湯に浸かったままだ。
オカルト小説なら、この客に話しかけると、振返った瞬間、顔の半分がない宇宙人だったとか、湯に浸かっている部分がタコみたいに足が八本あったりするんだろうな、などと言う妄想が湧いてきた。そう言えば、さっきから下向きで湯につかりっぱなしだが、湯あたりしないんだろうか、薄気味の悪くなってきて、僕は湯から上がって家に帰ることにした。

家に帰ると妻はもう休んでいた。この妻は現実的な女で、夢とかロマンとかとは無縁だ。UFOを見たよなんて話かけると、「あんた、そりゃあボケがはじまったのよ」と小馬鹿にされるのがオチだ。喋りたい、誰かにUFOを見たと喋りたい。パソコンに向って株式掲示板に投稿をしようとした。しかし明日は週末の決戦の日だ。僕がUFOを見た!!
なんて投稿すると、石井鐵工所が上がらなくてついに頭にきたと判断されるかもしれない。
そうだとすれば石井鐵工所は週足陰線の悲惨なチャートになってしまう。
草笛信者掲示板も僕を笑い者にするだろう。書きたい、投稿したい、僕はUFOを見たぞと。
しかし、大切な戦いの前日、UFO話しでは与太話しと思われてしまうこと必至だ。
結局、30年ぶりにUFOを見たのに、昨日の夜は誰にも話せず悶々として寝たのだった。
今夜、週末モードでやっとこのことが書けて、胸がすーとした。それでも、一体何人がこういう話しを信じるのだろう。石井鐵工所が上がると言う明白なことさえ人はなかなか信じようとはしない。ましてや、UFOを見たよと言って誰が信じるだろうか。
別に今夜みなさんにUFOを信じてもらおうとは思わない。
ただ世の中にはそういう不思議なことが起こるということだけは分かっていただきたい。
子供のような素直な心になったとき、あなたにも普段見えなかった何か素晴らしいものがきっと見えてくるだろう。ふと夜空を見上げた時、UFOがスーとあなたの目の前を横切って行くかもしれない…

                         UFO物語 完

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