明治初期 島根県の人口103万人、東京府の人口96万人。
島根県の人口は東京より多かった。これは統計に残っている史実です。
この理由の1つには明治時代は島根県は今の鳥取県も包含していたことがある。
あまりにも東西に長い県なので県都松江に行くのに不便で、鳥取県民が独立運動をして鳥取県が新たに誕生した。
今でも鳥取県は島根県から独立した日を「独立記念日」として祝っています。
それと東京都は明治時代は東京府と名乗り現在の東京23区のうちの中心部を行政範囲としていた。千代田・中央・港・文京・新宿・台東・墨田・江東区。
世田谷区や品川区や練馬区、北区、大田区などは郊外なので東京府ではなかった。もちろん多摩や伊豆諸島も東京府の対象外です。
それにしても明治初期には今の東京の都心部より島根県の人口が多かったことには驚かされます。
現在の島根県の人口は63万人。島根県から分離独立した鳥取県は人口52万人。合わせて105万人。丁度150年前の明治時代初期と同じでっせ!!
明治初期と同じ人口でも山陰の民は生きています。
明治初期の日本国の人口は3千万人あまりです。
もともと日本列島の適正人口は今の1億2千万人の半分の6千万人でしょう~~
日本と同じ形をしたニュージーランド島には500万人しか住んでいません!キッパリ!
だから、日本人が1億人を割ったっていいじゃないか?アフリカ移民やアラブイスラム教徒移民を日本列島に受け入れなくても・・・

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