鈴木さんは車の運転をしながら、いろいろ話しかけてきた。日本人と話す機会が少ないからだろう。
「草笛さんはどんな仕事をなさっているんですか?」
「若い頃は東京でサラリーマンをやっていたのですが、島根県の田舎に帰って小売店のオヤジをやっていました。今は隠居の身分です。戦跡巡りが好きで、あちこちの大東亜戦争時の戦跡に行って慰霊をしています」
「私ももともと東京の新橋でサラリーマンをやっていたんですよ。新橋駅前は安い料金で飲めてよかったです。自分が人生の晩年、テニアン島でこんな暮らしをすることになるなんて、夢にも思ってもいませんでした・・・」
「新橋のサラリーマン向けの飲み屋は安く飲めましたよね。僕は新橋駅隣り吉野家で牛皿をつまみにして大瓶のビールを飲んでいました。安上がりだった。今は僕は島根県暮らし、鈴木さんはテニアン島暮らし・・・
人の人生なんて実は自分で決めているのでなく、神の意志、偶然の連続で形成されるものでしょうね」
彼の口から東京での思い出話が続いた。
まっこと、武田鉄也の歌「思えば遠くに来たもんだ」とは彼のための歌だわな。
鈴木さんはさらに饒舌となり国家論を語り始めた。
「私はですね、日本と日本の兵隊さんはすごく偉いと誇りに思っているんですよ。日本人は血を流してアジア解放のために支配者白人に向かって一生懸命戦ったんですよ。中国人なんて、今は調子こいていますが、奴らは本気で白人と戦ったことがないですよ!」
「なるほど、中国はアジア解放のために白人と戦っていないですね。そのくせにチベットを侵略し、今では尖閣諸島や南沙諸島を侵略しようとしていますよね。鈴木さんのおっしゃる通りです!」
「草笛さんは、あいつら、思い上がった中国人をどう思いますか?」
「確かに中国の傲慢な態度はひどいと思いますが、個々の中国人は悪くないと僕は思ってます」
「草笛さんにそう言ってもらって安心しました~~~♪
実は私がこの島で再婚した相手が中国人女性なんですぅ~~~小学生の子供もいます!」
「あのね~~鈴木さん、誘導尋問に引っかかって中国人を悪く言うところでした。人が悪いですね・・・」
相手の出方を探るために、こういう会話の手法があることを覚えておいたほうがよい。
民主党の悪口を言う人がいて、一緒に民主党の悪口を言っていたら実は相手が民主党の党員だったりする。公務員をけなす人に調子を合わせて、公務員を悪く言っていると、実はその人が県庁の星、県庁職員だったりする。
「草笛さん、サイパン、テニアン東方の海で台風が発生したそうです。台風18号です。こっちに向かっており、夕方にはセスナ機は欠航になると思います。早目に帰らないと足止めを食らいますよ」
「わかりました。最初から日帰り予定でしたから、午後一番のセスナ機でサイパンに帰ります」
戦跡巡りをやっている途中から、風が吹きはじめていた。
高いヤシの木の葉っぱの上部がザワザワと風に揺れはじめた。
鈴木さんは中国人のツアーのことを心配しだした。
中国人たちは夕方のセスナ機でサイパン島に戻る予定のツアーだそうだ。
それで鈴木さんは中国人ツアーの帰りを早める手配を携帯電話でやっていた。
不定期で風に弱い小型セスナ機だけでサイパン島と繋がっているテニアン島だ。
アクセスの悪さゆえ観光客の数は減る一方だろう。
鈴木さんのこの島での第三の人生は決して楽ではないな、と感じた。

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