長谷工訪問物語

(2001年2月20日掲載)

長谷工は借金棒引きで、楽になったから長谷工の株の投資はどうかなと考えた僕は上京し、長谷工本社の前に立った。本社ビルは港区芝の一等地にそびえている。はすむかいにはNECの巨大な本社ビルも立っている。

前から長谷工の転換社債を保有していたので、会社にアポをとって訪問したのだ。応対に出てきたのは、法務課の若くて美しく頭のよさそうな女性社員だった。

「驚きました。女性のかたが総務担当とは」
総務、法務は大抵中年のおじさんが出てくることになっている。
彼女はほほえむだけで、そのことについては何も答えなかった。
「コヒーでもいかがですか?」と彼女が気を使ってくれた。
「ええ、いただきます」
長谷工本社ビルの1階は広い喫茶室になっていて、商談ができるようになっている。

おやじ相手なら厳しい質問をぶつける僕も女性社員と喫茶室で差し向かいではもうひとつ気合が入らない。
「言いにくいことを言いますが、怒らないで下さいよ」
「ええ、よろしいですよ。なんでも聞いてください」
「僕はお宅の社債を持っていて、それは息子の進学資金なんです。
 御社が倒産して、紙切れになるようなことはないでしょうねぇ・・・」

こんな失礼な質問はしたくはないのだが、金のことだからこちらも必死だ。
義理も人情もない。初対面の人にそこまで言って良いのかどうかか、心のなかには葛藤があった。
「うちの会社が倒産したら、社債はどうなるんだとおっしゃるのですね?」
彼女は都会的な涼しげなまなざしで、僕の目をキッとみつめてきた。

「当社の状況は、この有価証券報告書に詳しく記載されていますのでお読みになって、ご自分でご判断ください。私から、うちの会社がどうなるかを申し上げる立場にはありませんので・・・・・」
兜町の証券会館に備え付けてある、分厚い有価証券報告書と会社案内などの資料を彼女は用意してくれていた。資料をくれといっても、他の会社だと、いわれてからやっと株主向けのちゃちな決算報告書を1冊くれるくらいのものなのに。

この会社はいい会社だな、と僕は思った。長谷工と言えば元々、マンション業界の雄であり顧客の信頼度も高い優良会社だった。バブル時代にあの不動産価格値上がりが当分つづくと考え、先回りして土地を大量に仕込んでおいたのが裏目に出ただけだ。
商品が悪くて落ちぶれたわけではない。いわば間違ったバブル潰し政策の被害者なのだ。

「ありがとうございます。こんなにたくさん資料を用意いただいて感謝します。ところで、しつこいようですが、万が一、御社が倒産したら、社債はどうなるのかそこのところを確認しておきたいのですが。優先的に個人向け社債だけは繰り上げ償還になるケースが山一などの場合にありましたが、どうなんでしょう」
「倒産があるかどうかは別にして、一般論で申し上げますと、社債をお持ちの方も他の債務者の方も、同一に扱われます。当社の転換社債は無担保で発行されています。
よって、倒産して、債務者に債務の返済ができるパーセンテージが出されたら、それにしたがって、一律にカットされて償還することになるでしょうね」

てきぱきと冷静に要点を押さえた答弁だった。こういうしっかりした女性社員がいて、しかも、要職で活躍できる会社なら、いけるな、と好感をもった。
いろいろ他にも話したが、なんせアドリブの物語なので、すべて、はしょって・・・

別れ際に、なにか、お世辞のひとつもいわなきゃまずいな、と思ってこう言った。「やあー、今日は忙しいなか、説明していただきありがとうございます。
この喫茶室素敵でした。本社の1階がこういう広い空間をとって、喫茶室になっているのが気にいりました。さすが、建築会社の本社で、センスが違いますね。しかも、場所も一等地に建っていて、素晴らしい本社ビルですね~」

小売店主時代に外商で、お客の家に行き、商談がうまくいくと必ず、帰り際に
お客の家や庭石をほめるようにしていた。
家や庭や孫やペットをほめられて怒るひとはいない。
「ええ、場所もいいし、いいビルですよ。ほめていただいてうれしいですわ」
彼女はにっこり笑った。
「でもね、このビルは平和不動産さんにお売りして、当社は借りて入居している店子なんですよ、いまは・・・」

ああ一言余分だった。今度から家をほめるときは貸家かどうかを調べてからにしようと僕はつぶやきながら、長谷工本社をあとにした。

                   長谷工物語 完

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