石井鐵工相場をやっていた2001年秋に冤罪事件が起きた!
20日間の獄中生活から解放されたあと、自宅で
逮捕中の20日間の新聞を初めて読んだ。
拘置所の獄中では僕はテレビ、ラジオ、新聞、時計なしの真暗闇にいたのだ。
新聞記事は嘘ばかり書いてあった。
草笛が女を呼びだし女とともに夕食を取り、一緒にスナックで飲んだあと、
無理やり女に猥褻行為をやったと書いてあった。
すべて嘘、捏造、デマ記事だった。なんでこんな嘘記事を書いているのか?
草笛を売り、警察にタレ込んだ女とは僕は夕食を一緒に食ってはいなかった。
そもそも女の自宅電話も携帯電話番号も僕は知らないから呼び出せない。
真実は僕が飲んでいた店のママが売上を増やそうとして
女に「草笛さんが来ているわよ!あなたも来なさいよ!」と電話したのだ。
女は僕のツケでタクシーでやってきた。彼女はタクシーから降りずに
「他の店で飲みたいから連れていって~~」
と言った。それで僕はタクシーに乗って、他の行きつけのスナックに
向かったのだった。田舎のタクシー会社はスナックとつながっている。
帰宅する客のタクシーの注文をスナックのママから貰うためだ。
「運転手さん、スナック〇〇〇はボックスが空いているかどうか聞いてくれ!」
「はい 分かりました」
運転手はタクシー会社の交換手を通して、次のスナックに
ボックス席を予約してくれた。タクシーで走って10分間くらいの
距離の場所にそのスナックはあった。
次のスナックの前でタクシーを止めて店に入ろうとすると
女はタクシーから降りず、そのまま帰ってしまった。
変だな、どこか別のスナックで飲みたいと言っていたのに帰ってしまうとは。
仕方ないから予約したスナックに僕は一人で入った。
「あら、草笛さん、お連れの方はどうしたの?」
「よくわからん。タクシーを降りずに帰ってしまったよ。変な女だわな~」
ボックス席でスナックのママと飲んで、ママとカラオケを歌った。
そういう次第なので、その女が後日、暴行されたと警察にタレ込むなんて
夢にも思わなかった。警察は手柄を立てたい一心、あるいは
なにか裏があって僕を弾圧したかったのかもしれない。
とにかく、女の方から会いにきたくせに、飲まずに帰って
警察に暴行されたと訴えるなんてひどい話だわな。
警察で手錠をかけられ独房にぶちこまれ、連日刑事に
自白しろ!と怒鳴られた。しかし、やっていないことを自白するわけにいかない。
自白しないで自由の身になった僕は「草笛逮捕の真相」と銘打って
嘘八百を記事にした新聞社と嘘をテレビ放映していたNHKと
民放テレビ局に抗議した。
なんの取材せず裏付けも取らず、なんで嘘を記事にしたり放映したのだ!
と彼らを叱った。彼らは県警から言われてやったと自供した。
それで県警に「なんで嘘をマスコミに垂れ流したんだ?」と詰問したら
「警察はなにも言った覚えがない、文章に残っていない。証拠がない。
新聞社、テレビ局が勝手に嘘の報道をしたのだろう」
と言った。新聞社とNHKは記者クラブにて警察から
口頭でレクチャーを受けていたので文書が残っていなかった。
マスコミ各社は嘘の記事を書いた裏付け証拠がなくて困ってしまった。
まずNHKが僕に「真っ赤な嘘の放送をして済みませんでした」と謝ってきた。
そして玉造温泉の一流旅館に草笛夫婦を招待して、NHK幹部が揃って
頭を下げて詫びた。島根牛の高級ステーキなどを僕と妻の前に並べ御馳走してくれた。これで機嫌を直してくださいということだった。
各大手新聞社も謝ってきた。このようにマスコミなんて取材もせずに
警察情報を鵜呑みにして嘘八百を平気で記事にし放映するのだわさ。
草笛は相場師であるとともに町議会議員だった。
婦女暴行の冤罪で獄中に入れられ、獄中にいる間に
新聞テレビで「草笛は稀代の悪人」という嘘の報道がなされていた。
次の選挙が半年後に控えていた。警察に逮捕され獄中にいて
新聞テレビで叩かれた草笛が再度選挙に出ることは無理だと皆が思った。
親戚も次の選挙は応援できないと通知してきた。これが一番悲しかった。
町議会でも自民党だけでなく共産党までが
「警察に捕まったのだから議員をやめろ」と言ってきた。
町議議会議長が草笛宅に議員辞職勧告書を持ってきたわな~~
そのとき議長に向かって
「おい!こら!議長よ!お前は俺に議員をやめろとさっき言ったな?
お前こそ議長をやめろや!議員もやめろ!
冤罪で逮捕され、冤罪だから起訴されなかった俺に向かって、
警察に逮捕されたことを理由に議員辞職を迫ることは人権侵害だぜよ!
そんなことが分からん議長なら議長の資格がない!
今、この場で議長辞職願を書けや!!ドリャーーー!!」
と烈火の如く怒った。
議長は僕に激しく怒鳴られ、青ざめて、震える手で辞表を書いた。
議長は僕の辞表を取りに来て、自分が辞表を書く羽目になったわけだ。
僕は副議長に電話して
「今、議長が辞表を書いたぜよ。議長の辞表は副議長が受け取る規定になっている
しっかり仕事して、議長をちゃんと辞任させるようにせよ!」
と通告した。副議長は「ハイ分かりました!」と返事した。
それから半年後、僕は選挙に出た。親戚は再出馬に反対したが
出馬を取りやめると自分が冤罪を認めることになる。
幸いなことに草笛後援会の婦人部全員の皆様が
「草笛さんは無理やり婦女暴行、強姦などやる人じゃないわ」
と言って、それまでと変わらずに選挙運動をしてくれた。
その結果、女性票が伸びて、逮捕前より逮捕後の方が票が大幅に増え当選した。
まっこと事実は小説より奇なり。人生はドラマチックです。
僕の冤罪事件の時のマスコミの対応を語る 完
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