中江滋樹と昭和の兜町 今よりずっと自由に相場が張れた

30歳代で兜町の風雲児と呼ばれた男、中江滋樹の一生。

生年月日1954年1月31日 滋賀県近江八幡市生まれ
死亡日 2020年2月20日 東京都葛飾区金町で焼死

証券アナリスト 植木靖男さん曰く

「中江滋樹さんに、そこまで相場を読む力はなかったと思いますよ。
 まだ規制も今より厳しくなく、資金さえあれば株価なんてある程度は
 操作できる時代だったんです。とにかく資金さえ集めれば、
  いくらでも相場を作ることができますから」

「相場を読むのが上手だったんじゃなくて、狙った株の価格を
 つり上げて相場を作っていたのではないでしょうか」

中江は、株式市場で「仕手戦」と呼ばれるさまざまな
仕掛けをしていたとされている。
狙いをつけた会社の株価を意図的に暴騰させ、高値になったところで
売り抜けて多額の利益を得る手法だ。

●中江滋樹の転落

集めた数百億円もの金を顧客に返すことができなくなり、
顧客をだまして違法に資金を集めたとして詐欺の疑いで
警視庁に逮捕された。
中江は、裁判で「だますつもりはなかった」と主張したが、
懲役6年の実刑判決が確定した。
刑務所帰りの前科者となった中江滋樹は再び黄泉帰ることが
出来なかった。貧窮のうちに東京下町、場末の安アパートで孤独死した

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