本土決戦をやっていたら、米軍上陸後はスペインとインカ帝国の戦いみたいになったろう

終戦間際には日本側は軍隊にさえ銃弾が枯渇していた。銃も少なかった。
日本国民義勇兵に配る銃も弾薬ももうなかったのだ。
それで日本軍人は国民義勇兵に鎌や鍬や竹槍を手に上陸後の米兵を「一人一殺せよ!」と訓示している。

戦争では兵器と銃弾の差が決定的だ。
日本軍と日本人義勇兵が玉砕したサイパン島に行って、僕は装甲の分厚い米軍の戦車、装甲車の残骸と装甲の薄い日本の戦車の残骸の両方を見た。

日米では品物が全然違っていた。
米国製戦車は大型車、日本製戦車は軽自動車みたいだった。
日本製の戦車は米軍の機関銃の弾が貫通していてハチの巣みたいになっていた。これじゃあ、戦車に乗っていた日本兵たちが可哀そうだったなと感じた。

アメリカ製の頓挫していた装甲車は多分キャタピラを日本兵の自爆攻撃でやられたのだろうが、装甲車自体は鉄板が厚くて車体に銃弾の穴など無かったよ。

なんぼ日本兵が人間として勇猛であっても、日米の兵器の差、銃弾の質量の差が大きくて戦争にならなかったわけです。

南米にインカ帝国という強大な国家があった。
スペインはインカ帝国を攻めて、皇帝を処刑した。
インカ帝国には「こん棒で武装した」8万人の兵士がいた。
一方、侵略側のスペインの将軍ピサロには166人の兵士しかいなかった。
両者は「カハマルカ」と言う町で戦った。たった166人のスペイン軍兵士が一人の犠牲者も出さずに何千人というインカ帝国兵士を殺し、あっという間に皇帝を捕虜にした。

スペイン兵士は鉄製の防具、鉄剣、そして銃を持っていた。
一方のインカ帝国の兵士は、こん棒しか持っていなかった。
なんぼインカ帝国の兵士が8万人いても、鉄剣と銃の前では無力だったのです。

本土決戦をやって数千万人の日本人義勇兵が鎌や鍬や竹槍を手にして機関銃や火炎放射器を装備したアメリカ兵に向かって行っても、スペイン兵に向かって、こん棒で戦ったインカ帝国の兵士と同じで皆殺しにされるだけです。残念。

戦争は根性だけではどうにもなりません。

フィリピンレイテ島にはマッカーサー再上陸を撃退しようと10万人の日本兵が派遣されたが、銃も弾薬も食料も補給されなかったのでアメリカ軍との戦闘では歯が立たず、山の中に籠って餓死を待つだけになったのでございます。

レイテ島に残された日本兵10万人は可哀そうな死に方をしていますよ。
僕はレイテ島を単身縦断し、山中でお経をあげて日本兵の霊を慰めて来ました。

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