中越戦争 奇跡のベトナム軍勝利事件を考察する

中国人民解放軍は1979年2月17日にベトナムに宣戦布告し20万人の兵力を以って国境を南下しベトナム侵略戦を敢行した。
そのとき僕は社会主義国が社会主義国を侵略する姿にビックリした。
戦闘は1979年3月16日まで行われた。
中国人民軍はベトナム国境警備隊の2万人の兵士の反撃に遭遇した。
中国人民軍は少数のベトナム軍にコテンパンにやられて撤退を余儀なくされた。

ベトナム国は東亜解放の為、ベトナムに進撃した日本軍の手で独立させてもらった。
日本軍がアメリカに負けたとき、フランス軍がまたベトナムを植民地にしようとして戻ってきた。ベトナム軍はそのフランス軍と戦い勝利。

フランスと入れ替わってベトナムに進軍してきたアメリカ軍50万人ともベトナム軍は戦い勝利した。
それを見て中国は「たかがベトナム如き国家が生意気だ!」と感じて50万の兵力を国境に並べ、20万人の決死突撃隊を投入し、ベトナム侵略作戦を発動したわけです。

ベトナム軍の主力はカンボジアの虐殺集団クメールルージュ掃討戦のためカンボジアに進駐していた。中国人民軍はその空き家を狙ってベトナム首都ハノイに向かって進軍したのでありました。

しかし、事実は小説より奇なり。中国人民軍の10分の1しかいなかった
ベトナム国境守備隊のほうが中国人民軍より強かったのでした。

対フランス戦争、対米戦争と何十年も延々と戦ってきたベトナム軍と朝鮮戦争停戦1953年以来、26年間も実戦経験のない中国人民軍とでは戦闘能力の差が歴然としていたのでございます。

ベトナム軍の精鋭主力がカンボジアから転戦し、首都ハノイ郊外に布陣、中国侵略軍撃滅作戦を発動したとき、中国人民軍は勝ち目はないと判断した。
中国軍はベトナム軍主力と戦うことを放棄し、這う這うの体で中国領内に逃げ帰った。

当時、僕は重大な関心を持って中越戦争を見つめていました。
「アメリカ軍に勝って思い上がっているベトナム軍を懲らしめてやる!」
というのが中国人民解放軍のスローガンでした。変な発想ですよね~~

実は中越戦争はアメリカとソ連の冷戦の代理戦争だったのです。
ベトナムはソ連派でした。中国は満州国境でソ連と対立し、中ソは戦争状態だった。中国はアメリカと国交回復してアメリカと通じていた。
アメリカにして見ればアメリカ軍をやっつけて追い払ったベトナム軍を中国人民解放軍が懲らしめてくれることは留飲が下がる。
それで中国人民解放軍のベトナム侵略戦争開始にアメリカは暗黙の了解をしたのです。

中越戦争での中国人民解放軍の敗北は、当時世界中から注目されました。
1979年にはベトナムを支援していたソ連がまだ強国だったちゅうことでっせ!

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