ソ連の旧日本兵強制労働収容所はあこぎだ

本来、日本政府はソ連に賠償を求めるべき事案だった。
倍賞千恵子もビックリ!!
満州に居た日本兵57万人がシベリア送りになり、マイナス20度の厳冬の強制労働で日本兵5万人が凍死。

そもそも満州関東軍の精鋭は南方戦線に投入されており、満州の日本軍は空き家状態だった。関東軍は満州に居た日本人満蒙開拓団や民間企業の社員を臨時徴兵して50万人の兵士を調達。
終戦間際に徴集されて、そのままシベリア送りになった日本人民間人は不幸でした。

ソ連(実質ウクライナ軍)は日ソ不可侵条約を一方的に破るという悪事を行った上に57万人ものにわか兵士である日本人男性をシベリアやモンゴルに送り強制労働をやらせた。ほんとうにあこぎな行為です。

ジュネーブ条約で戦争捕虜を虐待したり長期間強制労働させることは禁止されている。ソ連(ウクライナ軍)が日本人に対してやったことは国際的な犯罪でっせ!!

日本は1886年(明治19年)6月5日に最初のジュネーブ条約に加盟している。
日清戦争、日露戦争では日本国は清国兵、ロシア兵捕虜を丁重に扱い治療を行った上で故国に送り返した。

ジュネーブ条約は江戸時代の1864年に欧米先進国で締結されていた。
日本では戊辰戦争で榎本武揚、土方歳三らが1868年に箱館に樹立した蝦夷共和国がジュネーブ条約を順守し野戦病院(箱館病院)で敵味方の区別を行わずに治療を行い捕虜を保護する方針を取っていた。

僕は若い頃に欧州旅行のために往復ロシアを横断したことがありんす。
帰りの途上、ソ連(今のベラルーシ)にポーランドから再入国したら護身用の刀を持っていたことを咎められ、反革命罪容疑でソ連治安警察に連行された経験があります。

ソ連治安警察の地下室で「反革命罪を認めよ!自供せよ!」
とロシア語で責められましたが、認めればシベリア収容所送りになり、あこぎなソ連共産党一党独裁国家から生きて故国日本に戻れないことを知っていたので、ガンとして自供しませんでした。
外国であれ、日本であれ冤罪で国家権力官憲に連行され、自白、署名を官憲から強要されても、教養ある人は決して自供署名してはなりませんよ。

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