映画の主人公 山本幡男(二宮和也が演じた)は島根県隠岐島の人です。
昭和20年満州に居た民間人の日本人男性は全員、関東軍に臨時招集された。
ソ連の対日参戦に備えたのである。関東軍の精鋭は南方戦線に送り出されてしまっていた。それで民間人を集めて銃を持たせた。
サイパンでもテニアン島でも同じことが行われ、多くの民間人が兵士として死んでいる。
二宮和也が演じた山本幡男は満州鉄道社員だったが臨時招集されて終戦でシベリア送りとなった。満鉄の社員だったためにスパイ容疑を着せられ、他の兵士が帰国が許されても山本幡男は収容所から解放されず、敗戦後10年間も強制労働を強いられた。
僕の父親の兄もたまたま満州で働いていて臨時招集され山本幡男と同様にシベリア収容所送りされた。
叔父は昭和24年頃に生きて故国に帰ってきた。叔父はシベリアやソ連のことを一切口にしなかった。僕もシベリア抑留事件には興味がなくて何も聞いたことはない。今にして思えば、叔父からシベリア強制収容所の話を詳しく聞いておくべきだったわな。
ソ連は1949年(昭和24年)12月をもって日本人捕虜の送還完了を宣言した。
映画に描かれた通り、山本幡男は1949年までに帰国を果たせず長期抑留を強いられる中で亡くなった。
彼らのような長期抑留者をソ連の定義で「戦犯」や「政治犯」と呼んだ。
ソ連は、戦時中の活動を同胞である日本人同士で密告させ、諜報機関、憲兵隊、関東軍の参謀、731部隊員、満鉄社員、満州国役人などを日本への帰還者リストから外して、戦後10年経っても強制労働をやらせた。
スターリン支配下のソ連は悪質であこぎで陰険で汚い国家でした。
1956年(昭和31年)10月、日本とソ連が国交を回復すると、「恩赦」を受けた関東軍の将官ら残された長期抑留者すべては、同年12月26日、最終帰還船興安丸にて京都舞鶴港へ入港した。
しかし山本幡男は悲しいことに昭和31年の日ソ国交回復による恩赦総員帰国の寸前に病死した。涙。
僕はロシア・ハバロフスクの政治犯日本兵強制収容所併設墓地に行って生きて故国に帰れなかった山本幡男氏らの慰霊をやった経験があります。
日本海を隔てて日本列島のそばまで戻ってきたのに、政治犯の罪をデッチ上げられ、泣きながら死んで逝った日本兵の墓は人気のない草原、見渡す限り大量にありましたよ。南無阿弥陀仏

コメント